Tue, 21/10/2025

YouTubeに載っている怪談話を流しつつ、時々調べ物をしたり、表を作ったりする。今日はそれを繰り返しているうちに終わった。同僚からは私に対する苦言がメールで送られてきた。CCに私たちの上司をあえて入れているのが、実にその人らしいと思った。勝手にすればよい、と数ヶ月前ならすぐに蹴りをつけられたはずのじとっとした感情が、胸に広がってからなかなか引かなかった。その苦言に先立つ私の行いが、途中から自己目的化していたことに気づき、きまりの悪さを覚えたからというのもある。ただ、より際立っていたのは、自らの正当性を主張したくなるような、あるいは苦言に対して自分の能力(というより、それに対する過信)を持って抵抗したくなるような、強い外向きの感情を覚えたことだった。数ヶ月前まではそんな気持ちが芽生えることなどなかった。というか、自分自身であしらうことができていたのだが、それが変わっていた。厄介な認識が身についていると思った。人からの言葉をひとまず飲み込み、それに喚起される感情も含めて丸ごと時間をかけて消化することは、何より自分の過ごす環境を整備する上で欠かせないだろう。その環境と喧嘩するような振る舞いをしては、自分が苦しくなるだけだ。ぼうっとして回らない頭と、どこからともなく溜まる鼻水に首から上を乗っ取られているうちは、せめて気持ちだけでも軽やかにいなければ。そうは思っても、心は似たような形でぐねぐねと動くばかりだった。

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